明宝ハムのこだわりABOUT

For 70 years 明宝ハムは作り始めて70年以上、当時と変わらぬこだわりの味。

農山村の食生活改善運動と村の畜産振興を目的に
昭和28年よりハム造りを始めました。
美しい山々、長良川の支流、文字通りの山紫水明の地・郡上市明宝で
30余年の歳月をかけて、明宝ハムのおいしさは育まれて参りました。
良質な国産の豚肉だけを原料としていますので、
その風味と豊潤さに一度食べた方々は魅了され、
『もういっぺん食べたい』と絶賛されております。
どんな料理にも合う素朴な美味しさの「明宝ハム」は、
一口ごとにふわっと笑みがこぼれる
岐阜の純粋な山村の人たちの優しさを込めた心の味です。
食卓に・贈り物に、明宝ハムは美味しさと笑顔を届けます。

美味しさのひみつHAM'S SECRET

素材 厳選した国産豚もも肉
だけを使用

明宝ハムの美味しさを高めるには素材選び。原料となる豚肉は、こだわりをもって厳選しています。
明宝ハムは、豚のもも肉だけを使用します。それも生肉だけを使用しているので国内産でなくてはなりません。冷凍の肉を使うと豚肉の臭みが出てしまいます。そのため、おいしい明宝ハムを作るには国内産の厳選された良質な豚のもも肉しか使用いたしません。
そして、生肉の素材の良さを活かすため、食塩や砂糖、香辛料などの副原料にもこだわり、あまり多くのものを混ぜないようにして、主役であるお肉が引き立つよう工夫をしています。

製法 変わらぬ味を守る、
職人の手仕事

明宝ハムの美味しさへのこだわりは、素材のみならず製法にもあります。
明宝ハムはプレスハムという日本で生まれた種類です。一度細かく切った肉の塊をよせ集めて固める、製造するのに大変手間ひまのかかるハムです。
昔はハムと言えばプレスハムという時代がありましたが、昭和50年代半ば以降、製造工程が複雑ではないボンレスハムやロースハムへと主流が変わって行きました。そんな中、明宝ハムは変わらず、手作業の多いプレスハムを一本一本手寧に作り続けてきました。とくに原料肉を切り分けていく作業では、大小様々な硬い筋を職人の手できれいに取り除いていきます。硬い筋が残ってしまうとハムの食感が台無しになってしまうからです。美味しい明宝ハムを作るためには、機械ではマネすることができない、熟練の技が欠かせません。

明宝ハム70年の歴史HISTORY

創業 最初は苦難の連続…

明宝ハムは、昭和28年 当時の奥明方農協加工所の小さな一室で製造が試みられて以来、実に70年の歳月が経過しています。

そもそもハムの生産は、農協が「村の畜産振興と山間地の食生活改善のために動物性タンパク質を」というねらいで「新農村建設国庫補助」事業で始められたもので、ユニークなアイデアとして各方面から注目を浴びました。
しかし、当時は農家がハムを購入することはぜいたくだと受け止められ消費も進まず、市場では大手メーカーに太刀打ちができず低迷が続きました。そこで現状打開のため、プレスハムに絞って八幡町を中心に土産品として売り出しましたが、それでも売り上げは伸びませんでした。当時の生産量は年間3万6千本にとどまっていました。

成長 村の特産に成長し、
大好評で品不足
「幻のハム」とよばれるほどの
人気商品に

そして昭和55年、明ハムはNHKテレビ「明るい農村」で“農民ハム18万本”のタイトルで全国放映されました。この放映を契機として、ハムは次第に名声を高め、多くのファンを得るに至ったのです。
着色料・防腐剤・酸化防止剤を使わず良質な豚肉を原料に「手作り作業で100%豚肉」を売り物にしたことによるのと、高度経済成長を背景に台所もぜいたくになったこと、また自然食ブームに乗って生産量はぐんぐん伸び、昭和55年に10万本、昭和58年に19万本、昭和62年には約38万本と著しい成長を遂げました。
昭和58年には優れた営農集団に贈られる県朝日農業賞に、明ハム生産の30年間にわたる努力が認められ受賞しました。昭和59年当時、お中元時期と年末は贈答品として人気があり品切れが続き、工場はフル回転、日産1,400本(普段は800本)のペースに上げています。

しかし売れ行きはそれ以上で、農協明方支店など早朝から列ができ、またたく間に売り切れる状態が続き、なかなか手に入らないため『幻のハム』とまで言われました。
このころ販路は60%が隣接の八幡町で村内が20%、残りが郡外でありました。県内はもちろん県外でも“おいしいハム”としてひっぱりだこになりました。これには、マスコミの宣伝力はもとより、関係者の努力と村民の力強い支えがあったからと言えます。このような事態に対応するため、早急に工場を増築し増産をしなければならなくなりました。

決意 村主導でハム工場建設を決意
ハムは村おこしの
大事な特産品として成長

幸いにも、昭和60年度から明方村で進められている公社営畜産基地建設事業の「特認事業」として補助事業の採択の見通しもつき、昭和61年の予定で郡上農協が村と協力して現工場の場所で工場を拡張しハムの増産をする計画をしました。ところが、農協は補助事業を断った上、従業員確保を理由に工場を隣接の八幡町に移すことを決めました。

このことに村は猛反発。ハムの生産は村おこしの大事な特産品であることはもとより、豊かで活力のある産業基盤の拡充を目指した公社営畜産基地建設事業やスキー場の計画・企業の誘致など、村内での雇用の場をつくって若者・中堅層に都会からUターンしていただこうと必死で頑張っている矢先だったのです。
村の想いと違った、あるいは逆行とも思われる郡上農協の構想に理解協力することはできないとし、新しく村主導で会社を作ることを計画しました。

進化 第3セクターによる
ハム会社の設立
着実に拡がる明宝ハムの人気

村をあげて手づくりハムの生産をすることになり、昭和63年1月に村内の7つの各地区の消費組合・商工会・森林組合・畜産組合・村が出資をし、村民総参加の第3セクター方式によるハム製造販売会社「明方特産物加工株式会社」を設立しました。
昭和28年から皆様に愛されて育てていただいた、明ハムの製造技術と美味しい手づくりの味を継承した手づくりハムとして、
商品名は『明方村の宝』という願いを託した「明ハム」。
味で勝負の明ハムは“価値あるうまさ・一度食べたらもういっぺん食べたい!”をキャッチフレーズに、ぎふ中部未来博・食と緑の高山博でPR知名度を上げました。

その後村では村おこしのため、同じく第3セクター方式の「めいほうスキー場」ができ、『明宝』の名前が知れ渡りました。そこで名前の統一による村おこしを狙って自治体のブランド戦略を展開、平成4年4月に村名を明宝村に改名しました。
現在は明宝特産物加工株式会社が出来たことにより、村の産業の育成と雇用の確保に繋がり、過疎化への歯止めにもなっています。

明宝ハム以外にも、スモークドハム・ポークソーセージ・スモークソーセージ・パセリソーセージ・ハンバーグ・フランクフルトなどの新しい商品を開発製造し、消費者の人気もよく注文も多くなり、平成4年には第2工場を設立しました。販売ルートも郡内はもちろん岐阜市、高山市、美濃加茂市などの代理店を通して精肉店やスーパーなど約450店舗に出荷するようになります。
販売先は8割が県内、2割が県外になっており着実に業績を伸ばしていきます。

挑戦 食品安全へのさらなる挑戦、
本社新工場、平成30年竣工

会社設立30周年を迎えるにあたり、新工場の建設計画が浮上し、平成30年1月に新本社工場が竣工しました。
現在の本社工場では、食品の安全を第一に衛生的な環境を最重要視しながら生産効率の上昇を目指したレイアウトで設計されました。
明宝ハムをはじめとする製品をお客様に安心してお求めいただけるよう、ただ美味しさを追及するだけでなく、衛生管理が徹底された施設で食品安全を追及した製品づくりを目指しています。

未来 これからもおいしくて
安全な明宝ハムを、
自信をもって、
皆さまにお届けし続けます!

明宝ハム受賞歴AWARD

創業以来、素材選びから製造工程、味づくりに至るまで妥協なく歩んできた明宝ハム。
その真摯なものづくりを評価いただき、様々な賞をいただいております。

  • 受賞商品
  • 受賞商品
  • 明宝ハムは、地元での食文化の発信や雇用の促進、地域との繋がりを大切にしてきた取組みが評価され、「岐阜を代表する企業100」に選ばれました。
    これからも地域とともに歩み、皆さまに美味しさをお届けしてまいります。

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