明宝ハム
のこと

 

作り始めて半世紀。当時とかわらぬ本物の味。

明宝ハムとは?

作り始めて半世紀、当時とかわらぬ本物の味

「明宝ハム」は昭和28年に農山村の食生活改善運動と村の畜産振興が目的で製造を開始しました。
美しい山々、長良川の支流、文字通りの山紫水明の地・郡上明宝村で30余年の歳月をかけ明宝ハムのおいしさは育まれて参りました。
良質な国産の豚肉だけを原料とし、食品添加物の使用を極力おさえ、安心して召し上がっていただける商品です。一度食べて頂ければその風味、豊潤さにご満足され「もういっぺん食べたい」と県内外の多くの人々から絶賛されております。どう料理しても変わらぬ美味しさの「明宝ハム」は、岐阜の純粋な山村の人たちの優しさを込めた心の味といえましょう。
一見さり気なく、実はハムの醍醐味たっぷり、本物の味の「明宝ハム」は食卓に、ご贈答用にきっと喜んで頂けるでしょう。

素材の選定、手作りのこだわり

おいしい味の秘密は、いい素材、手間ひまを十分かけた工程にあります

弊社は、豚のもも肉だけを使用します。
それも生肉だけを使用しますので国内産でなくてはなりません。冷凍、チルドの肉を使うと豚肉の臭みが出てしまいます。
おいしい明宝ハムを作るにはまずよいお肉からです。明宝ハムは豚のもも肉で作っておりますが、その工程でいちばん手間がかかるのが肉の解体作業です。細かい筋の1本1本まで取除きます。写真をご覧いただくと分かりますが、完全に肉だけにします。
この作業は明宝ハムにとっては重要な作業です。

添加物について

保存料・着色料・酸化防止剤、増量剤は使用しておりません

保存料・着色料・酸化防止剤、増量剤は使用しておりません。極微量の亜硝酸Naとリン酸塩を用いています。ハムの起源はドイツの岩塩を使用して造っているために、発色剤が天然成分として入っていました。
もともと、亜硝酸Naは天然の岩塩に硝石(硝酸菌により亜硝酸塩に分解)として存在し、発色効果のほか、塩漬した豚肉を見事に美味しい味に変化させる不思議な作用・ボツリヌス菌を防ぐ作用等があります。
私どもが用いる量は厚生労働省の安全基準の1/3以下で、発色を目的としてはいませんが、製品の表示に発色剤と記載しているのは厚生労働省の食品衛生法の表示法により表記しております。

50年の歴史を持つ明宝ハム

最初は苦難の連続…

明宝ハムは、昭和28年当時の奥明方農協加工所の小さな1室で製造が試みられて以来、実に55年の歳月を経過しています。そもそもハムの生産は、農協が村の畜産振興と山間地の食生活改善のために動物性タンパク質をというねらいで「新農村建設国庫補助」事業で始められたもので、ユニークなアイデアとして各方面から注目を浴びました。
しかし、当時は農家がハムを購入することはぜいたくだと受け止められ消費も進まず、市場では大手メーカーに太刀打ちができず低迷が続きました。
そこで現状打開のため、プレスハムに絞って八幡町を中心に土産品として売り出しましたが、それでも売り上げは伸びませんでした。当時の生産量は年間3万6千本にとどまっていました。昭和48年明方農協は郡上農協に合併し郡上農協明方支店としてスタート。そのころは、郡上農協としても、明方ハムの生産は農協経営上赤字部門であり、まさに、お荷物的存在のためハムの存在すら危ぶまれていました。そんな時明方村の関係者は、郡上農協に対して何度となく「明方ハムは必ず人気が出てくるので、何とか努力して生産を続けて欲しい」と強く要望して来ました。

村の特産に成長、大好評で品不足

「幻のハム」とよばれるほどの人気商品に

そして昭和55年明方ハムはNHKテレビ「明るい農村」で<農民ハム18万本>のタイトルで全国放映されました。この放映を契機として、明方ハムは次第に名声を高め、多くのファンを得るに至ったのです。
着色料・防腐剤・酸化防止剤を使わず良質な豚肉を原料に「手作り作業で100%豚肉」を売り物にしたことによるのと、高度成長経済を背景に台所もぜいたくになり又、自然食ブームに乗って生産量はぐんぐん伸び昭和55年に10万本、昭和58年19万本、昭和62年には約38万本と著しい成長を遂げました。
昭和58年には優れた営農集団に贈られる県朝日農業賞に、明方ハム生産の30年間にわたる努力が認められ受賞しました。昭和59年当時、お中元時期と年末は贈答品として人気があり品切れが続き、工場はフル回転、日産1,400本(普段は800本)のペースに上げています。
しかし売れ行きはそれ以上で、農協明方支店など早朝から列ができ、またたく間に売り切れる状態が続き、なかなか手に入らないため『幻のハム』とまで言われました。
このころ販路は60%が隣接の八幡町で村内が20%残りが郡外でありました。県内はもちろん県外でも”おいしいハム”としてひっぱりだこになりました。これには、マスコミの宣伝力はもとより、関係者の努力と村民の力強い支えがあったからと言えます。このような事態に対応するため、早急に工場を増築し増産をしなければならなくなりました。

村がハム工場建設を決意

ハムは村おこしのだいじな特産品として成長

さいわいにも、昭和60年度から本村で進められている公社営畜産基地建設事業の「特認事業」として補助事業の採択の見通しもつき、現工場の場所で昭和61年郡上農協が村と協力して工場を拡張してハムの増産をする計画をしました。ところが、農協は補助事業を断ったうえ、従業員確保を理由に工場を隣接の八幡に移すことを決めました。
このことに村ではハムの生産は村おこしのだいじな特産品であり、今、ようやく豊かで活力のある産業基盤の拡充のために公社営畜産基地建設事業をはじめ、スキー場の計画・社会の誘致など村内での雇用の場をつくり、若者・中堅層に都会からUターンしていただこうと必死で頑張っている矢先だけに村のこうした働く場づくりの方向と違った、あるいは逆行とも思われる郡上農協の構想に、理解協力することはできないとしました。そして新しく村主導で会社を作ることを計画しました。(写真は現在の明宝ハムの工場)

第3セクターによるハム会社の設立

確実に広がっている明宝ハムの人気

そうした中で、村をあげて手づくりハムの生産をすることになり昭和63年1月村内の7つの各地区の消費組合・商工会・森林組合・畜産組合・村が出資をし、村民総参加による第3セクターハム製造販売会社『明方特産物加工株式会社』を設立しました。
会社では昭和28年から皆様に愛されて育てていただいた明方ハムの製造技術と美味しい手づくりの味を、そっくりそのまま活かした手づくりハムとして商品名は『明方の宝』という願いを託した『明宝ハム』。
味で勝負の明宝ハムは《価値あるうまさ・一度食べたらもういっぺん食べたい!》をキャッチフレーズに、ぎふ中部未来博・食と緑の高山博でPR知名度を上げました。
その後、村では村おこしのためやはり第3セクター方式の『めいほうスキー場』ができ、『明宝』の名前が知れ渡りました。そこで名前の統一による村おこしを狙って自治体のCIを展開、平成4年4月村名を『明宝村』に改名しました。
現在、明宝特産物加工株式会社が出来たことにより村の産業の育成、雇用の確保ができ過疎化への歯止めにもなっています。
会社では[明宝プレスハム・スモークドハム・ポークソーセージ・スモークソーセージ・パセリソーセージ・ハンバーグ・フランクフルト]などの新しい商品を開発製造、消費者の人気もよく注文も多くなり平成4年には第2工場を設立しました。販売ルートも郡内はもちろん岐阜市、高山市、美濃加茂市などの代理店を通して精肉店、スーパーなど約450店舗に出荷しています。
販売先は8割が県内、2割が県外になっており着実に業績を伸ばしています。